地震と津波を経験したからこそ見えた「海や森と生きる道」
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2024/01/25
日本
こんなことがかいてあるよ!
- 2011年3月11日、今の6年生が生まれるちょっと前のこと。とても大きな地震ととても大きな津波が宮城県の南三陸町(みなみさんりくちょう)をおそった。
- あの地震と津波から13年。南三陸町を今年初めて訪れたのが、スイッチ小学校のあやこちゃんとかずとくん。「まち」「海」「山」「里」で、自然といっしょに前向きに生きる人たちに出会ったよ。
2011年3月11日、今の6年生が生まれるちょっと前のこと。とても大きな地震ととても大きな津波が日本の東北地方をおそったというお話はきいたことがあるかな?
大きなひがいを受けたまちの一つが、宮城県の南三陸町(みなみさんりくちょう)だ。町全体が津波でこわされ、たくさんの人がひなんをした。中にはけがをしたり、亡くなったりした人もいたんだ。
あの地震と津波から13年。南三陸町を今年初めて訪れたのが、スイッチ小学校のあやこちゃんとかずとくん。そこで2人が出会ったのは、自然に寄りそった「サステナブル」な活動を通して、元気に前向きに生きている人たちだった。今日は2人が出会った人たちを「まち」「海」「山」「里」ごとに紹介するね。
南三陸町、「まち」での出会い
南三陸町に到着したあやこちゃんとかずとくん。まず出会ったのは、太齋彰浩(だざいあきひろ)さんだ。
太齋さんは南三陸町の環境を調べたり、サステナブルな活動について教えたりしているよ。南三陸町は地震と津波の後、サステナブルなまちづくりをしているんだって。
この日も砂浜のごみ拾いが行われていて、あやこちゃんとかずとくんも太齋さんと一緒に行ってみた。まちの人も10人ぐらい参加していた。きれいに見える砂浜だけど、拾い始めると空き缶やペットボトル、洗剤の入れ物などが目についてくる。見たことがないものも落ちていたよ。
「あ、これは船の一部ですね。かたくてこわれないんだ。でも土に戻らないから、ずっと海に残ってしまうんです。ドアの金具もありますね。こうしたものは恐らく津波の時に流されたものかと思います」
太齋さんが教えてくれる。
「これなんだか分かりますか?カキを育てる時に使うプラスチックの管です。こちらはわかめ漁に使うロープですね。プラスチックの管もロープもすぐに自然にはかえりません」
ごみ拾いをする中で、あやこちゃんとかずとくんは津波が本当にあったんだと感じたり、海の環境を考えてみたりしたよ。ごみ拾いは砂浜がきれいになるだけじゃなくて、自分たちの生活を知ったり考えたり、地球のことを想像するきっかけになるんだね。
太齋さんはいろんな人と関わりながら、南三陸町が環境にやさしいまちになるだけではなく、世界のお手本になることを目指している。あやこちゃんとかずとくんは、太齋さんの前向きな気持ちを感じたよ。
南三陸町、「海」での出会い
太齋さんと別れたあやこちゃんとかずとくんが歩いていると、漁港が見えてきた。たくさんの船とお仕事をする漁師さん。そこで後藤伸弥(ごとうしんや)さんに出会ったよ。
後藤さんはカキやホヤ、ワカメを養殖(ようしょく。食べるために育てること)している漁師さんだ。高校を卒業してから、漁師のお父さんを見習って、後藤さんも漁師として働き始めた。
とはいえ、実は後藤さん、津波の前は漁師の仕事があんまり好きじゃなかったんだって!昔、漁師たちはたくさんのカキを育てるために競い合うようにカキの養殖棚(ようしょくだな。カキを育てる場所)を海に並べていた。そうしたら、カキのふんで海が汚れて、だんだんカキもおいしくなくなり、育たなくなっていた。お金もあんまりもらえなかった。
そんなカキの養殖棚を全部、2011年の津波がさらっていったんだ。
「津波後すぐの時は『もうやれるもんじゃない』って思ってました。船も流されちゃったし、家もないし。生活する場所じゃなくなってしまうわけで。」
と話した。とてもつらい出来事だったんだね。
それでも津波が来てからしばらくして、後藤さんはお父さんと一緒にまたカキの養殖を始めた。今度は養殖棚の数は少しだけにして、カキをひとつひとつ丁寧に育てることにした。
そうしたら、とってもおいしい、ぷりっぷりのカキができたんだ!そしてなんと、世界で認められた、環境や社会にやさしい養殖の印「ASC認証」を日本で初めてもらった!ASC認証っていうのは、魚を育てる養殖場が、環境にも動物にもやさしい方法で魚を育てているかどうかをチェックする印のことだよ。この印をもらうためには、海や川をきれいに保ちながら、魚たちが健康に育つようにしなければいけないんだ。
あやこちゃんとかずとくんも後藤さんのカキを食べさせてもらったよ。本当に、今まで食べたカキの中で一番おいしかった!「おいしい、おいしい」と言いながら食べる2人の姿を見て、後藤さんはうれしそうにしていたよ。
「自信は、やっぱりこういうところから来てるんだよね」
後藤さんは言った。いろんな人から「おいしかったよ」という声を聞いて、後藤さんは自分が作るカキに自信を持てるようになったんだって。津波はとても辛い経験だっただろうけど、それをきっかけにカキの育て方を環境にやさしくするように見直して、今の後藤さんは自信を持って漁師をしているんだね。
南三陸町、「里」での出会い
あやこちゃんとかずとくんは、今度は山の方に歩いて行った。山に行く途中に田んぼがあって、そこで楽しそうにお話をしている二人の男の人がいた。
名前を聞いてみると、阿部博之(あべひろゆき)さんと阿部忠義(あべただよし)さん、ダブルあべさんコンビだった!ちなみに、家族ではないらしい…。
ひろゆきさんはこの田んぼでお米を育てている農家さんだ。ただよしさんは、近くで宿をやっているんだって。
ひろゆきさんの農家では、真っ黒なコーヒーみたいな肥料をまいていた!2人がびっくりしてきいてみると、これは「液肥(えきひ)」と言って、まちで出た生ごみなどを微生物の力で分解してできている液体の肥料なんだそう。
ダブルあべさんコンビは、南三陸は「南三陸BIO(みなみさんりくビオ)」という取り組みをしていると教えてくれたよ。これは、家やお店で出る生ごみを回収して、肥料や、なんと電気なんかも作ってしまう取り組みなんだ!南三陸のまちとアミタサーキュラー株式会社(みんな「アミタ」と呼んでるよ)が一緒になって行っている。
この取り組みが始まったきっかけは、実は2011年の地震と津波。その時、それまで他の地域からもらっていた電気やガスが届かなくなって、南三陸の人はとても困った。そこで「生きていく為に必要なエネルギーは自分たちで作れるようにしたい」と考えたんだ。
でも、始めは上手くいかないことも多かったんだって。そもそもアミタは南三陸の会社ではなく、地震の後にボランティアとして来ていた会社だ。「何の会社なんだろう?」と不安に思う住人もいたみたい。
そのアミタと最初に仲良くなった住人が、ダブルあべさんコンビだったんだ!
ある日、アミタの人が真っ黒な水を持ってきた。「田んぼにまいてみてほしい」とお願いしていたんだけど、多くの農家さんはそれを断った。だって、知らない黒い水を自分の田んぼにまくのは、勇気がいるよね。お米が枯れちゃったら困るし…。
でもひろゆきさんは、「おれんとこにまいていいぞ!」と、お願いを受け入れた!ひろゆきさんはその時の気持ちを「だって、誰かがやらないと始まらないじゃないか」と話していたよ。
実際、お米が病気になったりもしたんだって。その時ひろゆきさんは周りの農家さんに謝りに行ったそう。それでもあきらめずに、ひろゆきさんはアミタと挑戦を続けたんだ。
そしてついに、おいしいお米や野菜を作れる肥料が完成した!いまではいろんな農家やお家のお庭でも使われている。海外からの肥料の値段が上がった時も、南三陸の人はこの地元の液肥があったから、とても助かったんだってさ!
ただよしさんの宿で出る生ごみも、アミタの工場で電気や液肥を作るのに活用されている。でも最初はごみの分別がとても大変で、面倒くさがる人もいたみたい。例えば、卵のからや梅干しの種は分けなくちゃいけないんだ。
それでも、ただよしさんや宿の人たちは分別を続けた。そうしたら、分別することが習慣になった!今は宿の生ごみは100%リサイクルされているんだって!
地震と津波の後、南三陸にはいろんな人が来るようになった。ダブルあべさんコンビは、積極的に新しい人と話したり、勇気を持って新しいものを取り入れた。そうして生活がよりよくなると、今度は2人の話を大学の先生なんかが聞きに来た。これがだんだんと自分たちの自信にもつながった。2人はそう話していたよ。
南三陸町、「山」での出会い
ダブルあべさんコンビのお話に元気をもらって、あやこちゃんとかずとくんはスキップしながら里を抜けた。すると、とっても素敵な森にたどり着いた。いろんな種類の木や草が生えていて、すごく居心地のいい森だ。
しばらくすると森の奥から、スポーツカーのレーサーみたいなオレンジ色のヘルメットをかぶった人が現れた。あやこちゃんとかずとくんはちょっとびっくり!名前をきいてみると、佐藤太一(さとうたいいち)さん、というらしい。
佐藤さんは、この素敵な森を手入れしている人だった。この森では、家を建てる時などに使う木を育てている。けれど、ただ木を育てて切っておしまい、では、木がなくなった後の森はあれ地になってしまう。そうではなく、必要な木を切りながらも、森が元気な形でずっと続いていくようにしているんだって。
森を元気に保つために佐藤さんがしていることがある。それはズバリ、雑草を残しておくこと!
日本の森では、育てている木ではない木や、その下に生えている草をかりとってしまうことが多い。これは「山を安全に管理するため」にされることが多いんだけど、佐藤さんは草をからなくても安全に管理できて、良いことがたくさんあることに気が付いた。
まずは、草や背の低い木が雨を受け止めるクッションになった。すると、雨の水がゆっくり土に落ちていくから、土が雨の水を吸収しやすくなった。すると森に水をたくわえておけるし、大雨が降っても川がすぐにあふれることがなくなるんだ。
そして、これらの草木は空気の中にある二酸化炭素(にさんかたんそ)を吸収してくれる。二酸化炭素は地球温暖化(ちきゅうおんだんか)の原因にもなっている。残しておいた草木がそれを吸収してくれることで、地球温暖化のスピードを遅らせることができるかもしれない。
さらに、残した草は虫や動物のすみかになる。色んな生き物にとって居心地がいい森になるんだ。
佐藤さんの森は木を切るためだけじゃなく、いろんな植物や動物が生きる場所になっている。あやこちゃんとかずとくんがこの森にずっといたい気持ちになったのは、この森が「みんなの家」だからかもしれない。
そんな森を指さして、佐藤さんは言った。
「これが私たちの森です。いいでしょう?」
自然と仲良くして、自信を持って歩く南三陸の人たち
あやこちゃんとかずとくんは帰り道に考えた。
まちの太齋(だざい)さん。海の後藤さん。里のダブルあべさんコンビ。そして山の佐藤さん。南三陸で出会った人たちは、みんな自然と仲良くしていて、とっても前向きな笑顔を見せてくれた。
地震や津波だって自然のできごとだ。その自然にまちや生活をこわされてしまったら、自然のことを嫌いになってしまいそうだ。もしかしたら、今回の旅で出会わなかっただけで、そんな自然をどうしても好きになれない人も、中にはいるかもしれない。
けれど、あやこちゃんとかずとくんが出会った人たちは、自然と仲良くしていた。そして、自然といっしょに生きる「サステナブル」な活動を通して、大きな笑顔と自信を得ていた。出会った方からは生きる力が強く感じられた。
「サステナブル」や「SDGs」という言葉をたくさん聞くようになって、実はあやこちゃんとかずとくんは「もう聞きあきたよー」とちょっぴり思っていた。でも、南三陸の人たちを見てたら、「自然や地球へのやさしさ」はめぐりめぐって「自分たちの笑顔」にもつながるのかもしれないと思うようになった。
自然のやさしい顔も怖い顔も両方知っている南三陸の人たちから、新しい考え方をもらったよ。
情報提供:IDEAS FOR GOOD(ハーチ株式会社)