四日市ぜんそくとは

四日市ぜんそくとはどんな病気でどうして引き起こされたのか、調べてみよう!

空気のよごれから生まれた四日市ぜんそく

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    高度経済(こうどけいざい)成長によって、日本にたくさんの工場がつくられていた1959年。三重県四日市では港を埋め立てた広い土地に、石油化学コンビナートという、いくつかもの工場が集まった大きな施設(しせつ)が建てられました。ところが運転から間もなくして、工場の近くに住む人を中心に、ぜんそくなどの病気で苦しむ人が増えだします。工場から出された有害なけむりのために起きたこの病気は、「四日市ぜんそく」と呼ばれるようになりました。
四日市ぜんそくの原因
急にぜんそくのかん者が増えたため、専門家は調査を始めました。その結果、工場のけむりには亜硫酸(ありゅうさん)ガスがふくまれていて、このガスが空気中にたくさんある地域ほど、ぜんそくにかかる人が多いことがわかりました。亜硫酸ガスは、目やのどを刺げきする有害物質で、石油中のイオウ分が燃えることで発生します。
日本の公害問題解決のきっかけとなった裁判
四日市ぜんそくの原因がわかったあとも、工場の拡大は続き、被がいは広がる一方でした。そこで1967年9月、特に被がいのひどかった地区の公害かん者9人が、6つの工場を相手に裁判を起こします。大気汚染(おせん)の公害をうったえた全国で初めての裁判は5年後、かん者側が勝利し、工場は判決を認めました。また、工場だけでなく、国や県、市にも住民の健康を守るための努力が求められるようになり、公害を取りしまる決まりが作られるようになるなど、その後の日本の環境・公害政策に大きなえいきょうをあたえました。

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