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Yahoo!きっず 東京2020 オリンピック・パラリンピック特集

17歳フェンサー・上野優佳が見据える未来「今がゴールではない。目指すはその先」(3)

 2020年東京大会そして世界に向けて、それぞれの地元から羽ばたくアスリートを紹介する連載企画「未来に輝け! ニッポンのアスリートたち」。第39回は大分県出身、フェンシングの上野優佳(うえの・ゆうか)を紹介する。

五輪を視野に入れたのは最近のこと

フェンシング一家に育った上野。小学生の頃から頭角を現していたが、本人は「いつも負けていた印象しかない」と振り返る。強い相手と戦い続けて、今の位置にいる【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

 とはいえ、最初からフェンシング選手として上を目指そうと思っていたわけではない。

 現に2013年9月、7年後の2020年に東京五輪開催が決まり、招致の顔として太田雄貴・現日本フェンシング協会会長が歓喜する姿を見ても、自分がその場所を目指すとは微塵(みじん)も考えていなかった。

「日本でオリンピックがあるんだ。すごいな、見に行きたいな、って。ただ楽しくフェンシングをやっていただけだったし、国内でトップになりたいとは思っていたけれど、"オリンピック"を意識するようになって、視野に入り始めたのは最近なんです」

 小学生の頃からさまざまな大会に出場し、6年時には太田雄貴杯にも出場。冗談交じりに太田が「あの時対戦したら絶対負けていた」と揶揄(やゆ)するほど、当時から全国に名を馳せていたのだが、むしろ上野は逆だと振り返る。

「(全日本選手権決勝で敗れた)東晟良ちゃんや(姉の)莉央ちゃんには一度も勝ったことがなかった。いつも負けていた印象しかないんです」

 初めて出場した全日本選手権(16年)の記憶も鮮烈だ。当時は中学2年生。予選を勝ち上がり、決勝トーナメントに進むも、準々決勝ではロンドン、リオと二度の五輪に出場した西岡詩穂と対戦した。コーチでもある父からのアドバイスはたった一つ。

「とにかく強いから、とにかく楽しんでこい」

 案の定、試合は完敗。経験、技術、リーチで勝る西岡に、上野いわく「ボッコボコにされた(笑)」。

 だが同時に、強い相手と戦う喜びも知った。

 大分では兄を練習相手に技を磨いたが、大学進学を機に兄が上京。それでも当初は大分を拠点に練習していけばいいと考えていたが、刻々と迫る東京五輪、さらにはその先のパリ、ロス五輪で中心選手となり得る上野の可能性を周囲も放っておかない。数多くの誘いの中から、北京五輪日本代表監督も務めた江村宏二氏が指導する星槎国際高への転校を決め、家族と離れて単身で上京。日本代表として、本格的に世界を見据えた戦いが始まった。(2019年5月28日掲載記事)

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