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フェンシングの町で培った技術を世界で 長野出身・西藤俊哉が描く五輪での夢(4) まとめ 未来に輝け! ニッポンのアスリートたち

2020年東京五輪そして世界に向けて、それぞれの地元から羽ばたくアスリートを紹介する連載企画「未来に輝け!ニッポンのアスリートたち」。第10回は長野県出身、フェンシングの西藤俊哉(20歳、法政大)を紹介する。

ライバルたちと一緒に団体では金メダルを

東京の先のパリまで見据えて競技を続ける。そして地元・長野のフェンシング普及にも貢献したいと話す【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 この世代にしてみれば、太田雄貴の08年北京五輪での銀メダル獲得を見られたことが大きかった。なおかつ同じ目標を持ってしのぎ合えるメンバーがいた。さらにロンドン五輪後の太田の一時的な引退で、銀メダルチームが崩れていくのも目の当たりに見ていた。これまでの方式なら東京五輪では実施されない予定だった男子フルーレ団体も、男女全6種目が行われることになったという幸運もある。

「僕たちは小さな頃から団体戦を組んでいるので、チームワークもできているのは大きいですね。東京五輪は団体戦がない予定だったのは承知していたから僕は個人で出るつもりでいたし、他の選手もそう思っていた。そういうライバル関係を持ったうえでのチームなので、太田さんが引っ張っていた当時の団体とは違う、僕たちが作っていく僕たちの色を出せる団体になるとも思います」

 小2からは野球に熱中していたという西藤は、ひとつの公式を覚えればそれを応用して難しい問題も解ける数学や、謎解きも好きだという。さらに子供の頃は近所で"名人"と呼ばれていた祖父に習って将棋にも打ち込んだ。フェンシングの練習後に公民館へ行くと、祖父が持ってきてくれる詰め将棋を解くのに熱中したと。 「相手の弱いところを潰していって最後は自分が指すというのは、感覚的にフェンシングとも似ているので、今に生きていると思う」と笑顔を見せる。

 育った環境や興味を持ってやったことのすべてが、今はフェンシングにつながっている。 「年齢的には東京の次のパリまでやれると思いますね。その先はまだ分からないけど、僕の場合はフットワークを武器にしているのでそんなに長くできるフェンシングスタイルではないと自覚しています。でも、その競技キャリアの中でしっかり結果を出していけばいいから。クラブを作って箕輪でここまでフェンシングを普及させた父は本当にすごいなと思っているので。今は結果を出すことが一番の父への恩返しだと思うけど、将来もし、長野に帰るようになれば僕がフェンシングを普及させていきたい。現役の間も帰った時にはクラブに顔を出したりして、できる範囲で恩返しをしたいと思っています」(2018年2月28日掲載記事)

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